熱海「叡の入学前夜……ではないけど、きっかけ話後編ー。
満を持して登場! です! お待たせしましたー!
叡「……期待して待ってた人が居たかどうかはさて置くとして。
アンタこれ去年の内に完成させるとか言ってなかったっけ……?
熱海「……スンマセンっしたああああああああああああああああ!!!!!!(フライング土下座
……は、始まっちゃいますっ。
●
「……叡?」
明治神宮の、出来るだけ人気の無いその場所。
穏やかな夜風に葉を揺らす、一本の木の下。
其処で、西明叡は己を呼ぶ声に、微かに顔を上げる。
「……あ、……久しぶり」
自嘲の混じった、ぎこちない笑みが浮かぶ。
我ながら良くもまあ此処まで気力の無い笑みが浮かべられるものだと思う。
「……良く、判ったわね、……ワタシだって」
もう、自分でも気付いていた。見て見ぬ振りは出来なかった。
純白とも言えよう真っ白な髪。
血の色をした真っ赤な瞳。
違和感を覚えて、内苑の池に自らの姿を求めて見ればこの有様だ。
「……驚かなかった? ……律花」
「……叡、……それは」
待ち人たる目の前の少女――咲宮律花は、明らかに困惑している様子だった。
それはそうか、と他人事のように叡は思う。
「……どおして、……こうなっちゃったのかしらねえ。……アハハ」
可笑しくて、笑みが漏れる。
嗚呼、自分はもう、おかしいのかも知れない。否、これをおかしいと言わずに何と言うのか。
今笑わなくていつ笑う。笑うしか、無かった。
蛇を演じていた自分が、今――
「叡。……ちょっと、顔見せて」
律花の手が、顔に伸びてくる気配を感じた。
叡は、抵抗しなかった。そして律花の手は、己の頬に触れる。
「――!」
律花が、俄かに硬直するのが判った。
気付いたのだろう。そのざらつく感触がその答え。
一撫でして叡の肌が、半透明の鱗で覆われている事に。
――叡が、蛇そのものになっているという事に。
「……ごめんね。……でも、逢えて、良かったわ。……最後に」
「……最後、……って」
叡は、絶望していた。律花はそれに気付く。
ああだって、その紅の瞳は彼の八岐大蛇が有した輝血の瞳とも言うが如く爛々と輝いているけれど。
生気と言うものが、まるで感じられないじゃあないか。
「多分、ワタシ……もう、戻れないからさ」
律花に逢えれば。自分を取り戻す事が出来たなら。
戻れるのだと、そう、信じていた。
だけれど、この体は、この心は、元に戻っていこうとしない。
一縷の、そして最後の望みが今、叡の中で、切れた。
「だから……これでお別れ。さよならよ、律花」
どうしてか、目頭が熱くなる。
けれど、これは確定事項だった。だから踵を返す。そうでないと自分は――
「待ってよ」
「……」
手首を掴まれ、引き留められる。
「戻れないって決めないで。貴方は――」
「腕を放して頂戴、律花。でないとワタシは」
ゆっくりと、振り返る。
律花が息を呑んだ。
「アンタを壊すわ」
剣呑な輝きを帯びた、輝血の瞳。
――刹那、扇でも振るうような手刀が、律花を打った。
●
微かに呻くも、律花は素早く身体を仰け反らせ、クリーンヒットを避けた。
彼女は、確信していた。叡は、闇に堕ちてしまったのだと。
先程、電話をしていて。その時、不意に通話が途切れた時間があった。
切られた訳ではない。しかしその時は、何を呼び掛けても全く反応が無かったのだ。
加えて、微かではあるが打撃のような音が、確かに聞こえた。日常の中で起こるには不自然な音が。
その間に、何かがあったのだ。想像するしか無いけれど、その間に彼が己の闇に呑まれるだけの何かがあったのだ。
灼滅するしか無いのか。
一瞬、そんな考えが律花の頭を過ぎって、しかし彼女はかぶりを振った。
諦めたくはない。叡と律花は、互いに認めない婚約者同士で、けれどそれだけではなくて。
確かに、“親友”なのだ。
「!」
しかしそんな彼女の想いに反して、叡は今度こそ逃げようとする。
今度は、言葉も掛けずに思いっ切り地を蹴って駆け出した。
「待ってってば!」
「ついて来ないで!!」
悲痛な叫びが上がる。
律花は、叡の希望だった。叶うならばその温かな光にこれからも触れていたかった。
けれど、もうそれは望めない。壊す位なら傍に居ない方が良い。
律花は自分だけのものじゃあない。きっとこれからその光で自分でない誰かをも照らす事があるだろう。
自分が彼女に救われたように、誰かを彼女が救う事があるならその可能性を潰したくはない。
彼女の優しさを、この世界から奪い取りたく、ない。
(……“俺”は……!!)
その時だった。
「……叡、ごめん」
「……え」
律花の、呟くような声が、何故か自分の耳にも届いて、叡は再び振り返る。
「――!!」
瞬間、炎を纏った巨大な腕が、叡の身体を地に叩きつけた。
●
近くの樹を支えにして、叡は何とか立ち上がる。
けれど、もう駆け出して、彼女から逃げ切るだけの力は残っていない。
「……アンタ、……さっきの炎は」
「叡と同じよ。性質はちょっと違うけど、根本は同じ」
「……良く判らないけど、……似たような力なのね」
肯定。
頷く律花を前に、叡は漸く穏やかな微笑みを向けた。
「……うん、やっぱり良く判らないわ……でも、取り敢えず……今のワタシに勝てるって事は判った。なら、……話は早いわね」
「……叡、今何を考えているの?」
「……半分位……判ってるんじゃないの」
「言ってくれないと判らないわ」
「それもそうね」
いつもの軽口。
そうだ、自分と律花はこうでないと。
矢張り律花は最期まで、自分の希望だ。
「殺して頂戴」
――ぱぁん
「……え?」
あれ、何だろう。
何か、音が響いたと思ったら。
頬が、痛い。
震える手で、叡は痛む自らの頬に触れた。
熱い。痛みと共に熱を帯びている。
ふと、律花を見遣れば、手が伸ばされていて、けれどその手は自分に甲を向けていて、そして、自分のそれと同じように、震えていた。
「――律、」
平手で、打たれたのだと悟ったと同時に、律花に抱き締められた。
逃がさないように、しっかりとその細い両の手で捕えるようにして。
理解するより早く、へなりと叡はその場にへたり込む。二人して地面に座り込む形になった。
「叡、叡は頭は良いかも知れないけど、馬鹿だわ、偶に物凄く」
「何それ……」
自らの胸に顔を埋めたままの律花にそんな事を言われて、叡は当惑した。
けれど、それを断ち切るように。律花は、はっきりと告げた。
「叡。貴方は貴方以外の何者でもない。優しい貴方は誰を壊す事も無い。私は“貴方”を失いたくない」
だから。
「“そっち”に、行かないで」
――嗚呼。
「……アンタって人はどうして」
どうして、咲宮律花という人間はこうも。
「……“お前”って奴は、どうして……」
判らない。判らないからこそ彼女は自分の希望なのだろう。
本当は、壊したくないと思いながらもその手を放したくなかった。
「お前って奴はどうして、……いつも俺が望んでいる理想をくれるんだ……!!」
大切な親友は、唯一無二の希望の光。
手を差し伸べてくれるなら、もう手放す事の無いように。
しがみつくようにして、確りと抱き締める。
自分でもらしくなく、静かに嗚咽した。
その時には既に、髪は黒く、瞳は黄金色へと戻っていた。
その身体は蛇でなく、紛れも無く人間のものだった。
*おわれ。
意外と執着する奴だって事が判明。PR
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「……叡?」
明治神宮の、出来るだけ人気の無いその場所。
穏やかな夜風に葉を揺らす、一本の木の下。
其処で、西明叡は己を呼ぶ声に、微かに顔を上げる。
「……あ、……久しぶり」
自嘲の混じった、ぎこちない笑みが浮かぶ。
我ながら良くもまあ此処まで気力の無い笑みが浮かべられるものだと思う。
「……良く、判ったわね、……ワタシだって」
もう、自分でも気付いていた。見て見ぬ振りは出来なかった。
純白とも言えよう真っ白な髪。
血の色をした真っ赤な瞳。
違和感を覚えて、内苑の池に自らの姿を求めて見ればこの有様だ。
「……驚かなかった? ……律花」
「……叡、……それは」
待ち人たる目の前の少女――咲宮律花は、明らかに困惑している様子だった。
それはそうか、と他人事のように叡は思う。
「……どおして、……こうなっちゃったのかしらねえ。……アハハ」
可笑しくて、笑みが漏れる。
嗚呼、自分はもう、おかしいのかも知れない。否、これをおかしいと言わずに何と言うのか。
今笑わなくていつ笑う。笑うしか、無かった。
蛇を演じていた自分が、今――
「叡。……ちょっと、顔見せて」
律花の手が、顔に伸びてくる気配を感じた。
叡は、抵抗しなかった。そして律花の手は、己の頬に触れる。
「――!」
律花が、俄かに硬直するのが判った。
気付いたのだろう。そのざらつく感触がその答え。
一撫でして叡の肌が、半透明の鱗で覆われている事に。
――叡が、蛇そのものになっているという事に。
「……ごめんね。……でも、逢えて、良かったわ。……最後に」
「……最後、……って」
叡は、絶望していた。律花はそれに気付く。
ああだって、その紅の瞳は彼の八岐大蛇が有した輝血の瞳とも言うが如く爛々と輝いているけれど。
生気と言うものが、まるで感じられないじゃあないか。
「多分、ワタシ……もう、戻れないからさ」
律花に逢えれば。自分を取り戻す事が出来たなら。
戻れるのだと、そう、信じていた。
だけれど、この体は、この心は、元に戻っていこうとしない。
一縷の、そして最後の望みが今、叡の中で、切れた。
「だから……これでお別れ。さよならよ、律花」
どうしてか、目頭が熱くなる。
けれど、これは確定事項だった。だから踵を返す。そうでないと自分は――
「待ってよ」
「……」
手首を掴まれ、引き留められる。
「戻れないって決めないで。貴方は――」
「腕を放して頂戴、律花。でないとワタシは」
ゆっくりと、振り返る。
律花が息を呑んだ。
「アンタを壊すわ」
剣呑な輝きを帯びた、輝血の瞳。
――刹那、扇でも振るうような手刀が、律花を打った。
●
微かに呻くも、律花は素早く身体を仰け反らせ、クリーンヒットを避けた。
彼女は、確信していた。叡は、闇に堕ちてしまったのだと。
先程、電話をしていて。その時、不意に通話が途切れた時間があった。
切られた訳ではない。しかしその時は、何を呼び掛けても全く反応が無かったのだ。
加えて、微かではあるが打撃のような音が、確かに聞こえた。日常の中で起こるには不自然な音が。
その間に、何かがあったのだ。想像するしか無いけれど、その間に彼が己の闇に呑まれるだけの何かがあったのだ。
灼滅するしか無いのか。
一瞬、そんな考えが律花の頭を過ぎって、しかし彼女はかぶりを振った。
諦めたくはない。叡と律花は、互いに認めない婚約者同士で、けれどそれだけではなくて。
確かに、“親友”なのだ。
「!」
しかしそんな彼女の想いに反して、叡は今度こそ逃げようとする。
今度は、言葉も掛けずに思いっ切り地を蹴って駆け出した。
「待ってってば!」
「ついて来ないで!!」
悲痛な叫びが上がる。
律花は、叡の希望だった。叶うならばその温かな光にこれからも触れていたかった。
けれど、もうそれは望めない。壊す位なら傍に居ない方が良い。
律花は自分だけのものじゃあない。きっとこれからその光で自分でない誰かをも照らす事があるだろう。
自分が彼女に救われたように、誰かを彼女が救う事があるならその可能性を潰したくはない。
彼女の優しさを、この世界から奪い取りたく、ない。
(……“俺”は……!!)
その時だった。
「……叡、ごめん」
「……え」
律花の、呟くような声が、何故か自分の耳にも届いて、叡は再び振り返る。
「――!!」
瞬間、炎を纏った巨大な腕が、叡の身体を地に叩きつけた。
●
近くの樹を支えにして、叡は何とか立ち上がる。
けれど、もう駆け出して、彼女から逃げ切るだけの力は残っていない。
「……アンタ、……さっきの炎は」
「叡と同じよ。性質はちょっと違うけど、根本は同じ」
「……良く判らないけど、……似たような力なのね」
肯定。
頷く律花を前に、叡は漸く穏やかな微笑みを向けた。
「……うん、やっぱり良く判らないわ……でも、取り敢えず……今のワタシに勝てるって事は判った。なら、……話は早いわね」
「……叡、今何を考えているの?」
「……半分位……判ってるんじゃないの」
「言ってくれないと判らないわ」
「それもそうね」
いつもの軽口。
そうだ、自分と律花はこうでないと。
矢張り律花は最期まで、自分の希望だ。
「殺して頂戴」
――ぱぁん
「……え?」
あれ、何だろう。
何か、音が響いたと思ったら。
頬が、痛い。
震える手で、叡は痛む自らの頬に触れた。
熱い。痛みと共に熱を帯びている。
ふと、律花を見遣れば、手が伸ばされていて、けれどその手は自分に甲を向けていて、そして、自分のそれと同じように、震えていた。
「――律、」
平手で、打たれたのだと悟ったと同時に、律花に抱き締められた。
逃がさないように、しっかりとその細い両の手で捕えるようにして。
理解するより早く、へなりと叡はその場にへたり込む。二人して地面に座り込む形になった。
「叡、叡は頭は良いかも知れないけど、馬鹿だわ、偶に物凄く」
「何それ……」
自らの胸に顔を埋めたままの律花にそんな事を言われて、叡は当惑した。
けれど、それを断ち切るように。律花は、はっきりと告げた。
「叡。貴方は貴方以外の何者でもない。優しい貴方は誰を壊す事も無い。私は“貴方”を失いたくない」
だから。
「“そっち”に、行かないで」
――嗚呼。
「……アンタって人はどうして」
どうして、咲宮律花という人間はこうも。
「……“お前”って奴は、どうして……」
判らない。判らないからこそ彼女は自分の希望なのだろう。
本当は、壊したくないと思いながらもその手を放したくなかった。
「お前って奴はどうして、……いつも俺が望んでいる理想をくれるんだ……!!」
大切な親友は、唯一無二の希望の光。
手を差し伸べてくれるなら、もう手放す事の無いように。
しがみつくようにして、確りと抱き締める。
自分でもらしくなく、静かに嗚咽した。
その時には既に、髪は黒く、瞳は黄金色へと戻っていた。
その身体は蛇でなく、紛れも無く人間のものだった。
*おわれ。
意外と執着する奴だって事が判明。PR