熱海「叡の入学前夜……ではないけど、きっかけ話。
入学理由『闇堕ちから救われた』でも良かったかも判らんね。
叡「今の入学理由だって嘘じゃあないでしょ。律花いるんだし。
熱海「まあねー。それにその頃まだ設定決まってなかったし、能力値的にね。
あ、当SSに律花嬢が出てきますが、背後様から許可は頂いております。
この場でも改めてお礼をば。有難うございましたー(平伏
あ、因みに此処で出てくる“愛”は“友愛”の事でする。
では始まっちゃいます。
●
「もしもし? 久しぶり! どうしたのよ急に電話なんか寄越してさ、どういう風の吹き回しよ? いっつもだったらメールでしょう? え? 何? アンタ東京来てるの!?」
女性らしい口調、その声の主は、中性的でこそあるものの、青年のもの。それでも街往く人々が気に留める様子も見られないのは、此処が夜であるとは言え、銀座という街であるが為か。
星の光すら打ち消す勢いで爛々と輝くビルの灯りは夜の闇をも貫いて煌々と佇み、人が寝静まる時間である事すら忘れさせるかのようだ。
青年――西明叡は、この街に住んでいた。
代々実力ある歌舞伎の女形として舞台に立つ一族に生まれた叡の一家は、歌舞伎座のあるこの銀座に居を構えているのである。
「武蔵坂学園? へえ、寮暮らしなんだ。まあ確かに、流石にアンタの御父様、故郷(くに)を動くワケにいかなそうだもんねえ」
そして、通話の相手は幼馴染であり、親友。
もっと言うと婚約者であるのだが、本人達の意向は完全無視で身内が決めたものだから無効である。と叡は思っている。
ともあれ、そんな彼女が東京の学園に転校してきたらしい。
「でも、またどうして? 確かに東京の学校はレベル高いとこ多いけどさ……」
長い黒髪を風に靡かせ、薄手の金のストールを弄りながら、叡は小首を傾げて見せた。それが相手に見えない事位は理解しているが、彼女と話す時は携帯電話や受話器越しであってもどうも動作が付いてくるらしい。
「……っと、あらやだ、ワタシとした事が」
ふと我に返り、気付けば暗く人通りの少ない裏路地に足を踏み入れてしまったようだ。
無意識とは言え、焼きが回ったなと叡は思う。否、無意識だからこそか。幼い頃から住んでいた街で、ふらふらと意図しない場所に踏み込む等と。
「んー? や、大した事じゃあないのよ。ちょっとね……」
間抜けな声を上げた事、どう弁解したものかと取り敢えず言葉を続けて――しかしそれは、途中で途切れた。
応答に窮した訳ではない。言葉を続けようと思えば、続けられた。
しかし、叡はそれが無意味だと、判っていた。
――携帯電話が叡の手から、離れていた。
(あ、え? 何で――)
それはすぐに堕ちて地を転がる。所謂ガラケーであるそれ、カラーリングはサンシャインイエローだとか言う明るい黄色。コンクリートに擦れて禿るのは嫌だなあ、なんて。
我ながら、呑気な事を考えていたものだと思った――宙を舞いながら。
「!」
刹那、叡は見てしまった。
自分の手首を掴んで、軽々と投げ飛ばした、何か小さな“影”があった。
暗闇に目を凝らしてみれば、それは、自分より二、三歳程幼い印象を受ける、少女だった。
(……嘘でしょう、だってこの子、知らないわよワタシ、それに、どう見たってこの子、ワタシより細身じゃあ――)
――ドシャア。
「ッ、か……!!」
背中から叩きつけられて、叡の全身を衝撃が貫いた。
「……あ、ッ……ッ、~~~~ッ!!」
大声を上げずに済んだのは最後の理性だろう。しかしこの状況ではだから何だ、という話である。
有り得ない。その言葉だけが叡の脳裏をぐるぐると回る。
(ワタシよりひょろくて……小さくて……なのに、何で、あんな)
意識がぼんやりする。繋ぎ止めたのは、投げ出された携帯電話から聞こえる友の声。
突然、叡の言葉が途切れたものだから、それでも繋がったままだから。
(……あ……律花……駄目ね、声、聞かせて……あげなきゃあ)
本当に、何でも無いのよ、って。
大した事じゃあないんだってば、そう言って、笑って。
それで、全部、無かった事にして。
彼女が――律花が、何も知らぬように。
それなのに。
「……ッ、ぐ……」
伸ばした手、その手の甲を蹴られ、踏み躙られた。
少女の靴がローファーだった為か、痛みは無い訳でこそないが、然程でもない。
それよりも、すぐ其処にある携帯電話に、手が届かない事の方に、叡は焦燥を覚えた。
律花に、言葉を届けられない事に。
(……駄目、あの子は優しいから心配する。退けて。退けてよ)
少女は何処か蠱惑的なまでに、愛らしいその表情を、醜く歪めて、地を這う男(あきら)を嘲笑う。
良く見れば少女は、その左手の薬指に、禍々しい紫の宝玉を宿した指輪を嵌めていた。其処から、黒い光が少女に纏わって、その力となっているように見える。
唯――今の叡にとっては、そのような事は些末な問題でしかなかった。
一途に、純粋に、愛故に、狂う、蛇姫の如く、思うのは、ひとつだけ。
「――その足を、退けろっつってんだ――!!」
叡の中で、何かが爆発した。
異形の少女が、ヤバい奴に目を付けてしまったと悟った時には遅すぎた。
この時叡が知り得なかった少女の目論見は、半分は成っていたのだろう。
けれど、それが自らの破滅と引き換えとは、思ってもみなかった筈であった。
叡から、白金の光が迸る。それは小さく細い一匹の白蛇へと姿を変えると、光輪と化して少女へと躍り掛かっていった――
●
「……もしもし? ごめんなさいね、急に黙りこくっちゃって。ちょっとね……変な連中に絡まれてー……何とか逃げてきたのよー……ほら、夜になるとそういう奴、多いから」
必死に自分に呼び掛けて来ていたらしい律花に対して、申し訳無さに思わず叡の表情から苦笑が零れた。
同時に、もう少し疲労を声に出さないように出来ないものかと自嘲する。稽古は厳しい。それでも積み重ねていく中で少しは耐えられるようになっている気がしていたが、まだまだという事かと、自分自身を胸中で嗤った。
「……大丈夫かって? 平気。こう見えたって、鍛えてるのよ? 流石にアンタの御父様程じゃあないけど……いっつもへとへとになるまで稽古、熟してるんだから」
それでも、律花の不安は晴れないようで。
ならばと、叡は少しだけ、彼女の好意に甘えてみる事にする。
「……あのさ、寮の門限とかって、大丈夫……? 今から会えない……? ちょっとさ、流石に疲れちゃって……直接アンタに会って、話がしたくて」
そうしないと、自分を手放してしまいそうだった。
自分を繋ぎ止める何かが、欲しかった。律花ならきっと、しがみついてでも自分を自分のまま居させてくれるという、確信めいた希望があった。それでいて、怖かった。それが最後の手段で、それも断たれれば、もうきっと望み等、無かったのだろうから。
「……明治神宮? 武蔵野からちょっと遠くない? ……そう。有難うね。じゃあ、先に行って、待ってるわ」
通話を終えて、叡は安堵の溜息を洩らした。
けれど彼はその時、不安をも覚えていた。
(……律花が来るまで、保つかしら。いいえ、移動中に、もう駄目になるかも知れない……)
気を強く持たなければいけない。それは判る。
今迄の稽古で鍛えた精神力で、乗り切って見せなければ。
そうは思っても、矢張り何かが自らの心を覆い、呑み込もうとしているような錯覚に、叡は内心、戦慄せざるを得なかった。
それでもやがて、考えていても仕方無いとかぶりを振って、歩き出す。
――彼はまだ知らない。
流れるように美しかった黒髪は、極限まで色を抜いたかのように白くなっていた事。
黄玉のように煌めいていた双眸は、鬼灯か或いは血のように真っ赤になっていた事。
想いの余り蛇と成った娘のように、白蛇のような形に変貌していた事――
*前編此処まで。
個人的には清姫って、白蛇のイメージです。PR
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「もしもし? 久しぶり! どうしたのよ急に電話なんか寄越してさ、どういう風の吹き回しよ? いっつもだったらメールでしょう? え? 何? アンタ東京来てるの!?」
女性らしい口調、その声の主は、中性的でこそあるものの、青年のもの。それでも街往く人々が気に留める様子も見られないのは、此処が夜であるとは言え、銀座という街であるが為か。
星の光すら打ち消す勢いで爛々と輝くビルの灯りは夜の闇をも貫いて煌々と佇み、人が寝静まる時間である事すら忘れさせるかのようだ。
青年――西明叡は、この街に住んでいた。
代々実力ある歌舞伎の女形として舞台に立つ一族に生まれた叡の一家は、歌舞伎座のあるこの銀座に居を構えているのである。
「武蔵坂学園? へえ、寮暮らしなんだ。まあ確かに、流石にアンタの御父様、故郷(くに)を動くワケにいかなそうだもんねえ」
そして、通話の相手は幼馴染であり、親友。
もっと言うと婚約者であるのだが、本人達の意向は完全無視で身内が決めたものだから無効である。と叡は思っている。
ともあれ、そんな彼女が東京の学園に転校してきたらしい。
「でも、またどうして? 確かに東京の学校はレベル高いとこ多いけどさ……」
長い黒髪を風に靡かせ、薄手の金のストールを弄りながら、叡は小首を傾げて見せた。それが相手に見えない事位は理解しているが、彼女と話す時は携帯電話や受話器越しであってもどうも動作が付いてくるらしい。
「……っと、あらやだ、ワタシとした事が」
ふと我に返り、気付けば暗く人通りの少ない裏路地に足を踏み入れてしまったようだ。
無意識とは言え、焼きが回ったなと叡は思う。否、無意識だからこそか。幼い頃から住んでいた街で、ふらふらと意図しない場所に踏み込む等と。
「んー? や、大した事じゃあないのよ。ちょっとね……」
間抜けな声を上げた事、どう弁解したものかと取り敢えず言葉を続けて――しかしそれは、途中で途切れた。
応答に窮した訳ではない。言葉を続けようと思えば、続けられた。
しかし、叡はそれが無意味だと、判っていた。
――携帯電話が叡の手から、離れていた。
(あ、え? 何で――)
それはすぐに堕ちて地を転がる。所謂ガラケーであるそれ、カラーリングはサンシャインイエローだとか言う明るい黄色。コンクリートに擦れて禿るのは嫌だなあ、なんて。
我ながら、呑気な事を考えていたものだと思った――宙を舞いながら。
「!」
刹那、叡は見てしまった。
自分の手首を掴んで、軽々と投げ飛ばした、何か小さな“影”があった。
暗闇に目を凝らしてみれば、それは、自分より二、三歳程幼い印象を受ける、少女だった。
(……嘘でしょう、だってこの子、知らないわよワタシ、それに、どう見たってこの子、ワタシより細身じゃあ――)
――ドシャア。
「ッ、か……!!」
背中から叩きつけられて、叡の全身を衝撃が貫いた。
「……あ、ッ……ッ、~~~~ッ!!」
大声を上げずに済んだのは最後の理性だろう。しかしこの状況ではだから何だ、という話である。
有り得ない。その言葉だけが叡の脳裏をぐるぐると回る。
(ワタシよりひょろくて……小さくて……なのに、何で、あんな)
意識がぼんやりする。繋ぎ止めたのは、投げ出された携帯電話から聞こえる友の声。
突然、叡の言葉が途切れたものだから、それでも繋がったままだから。
(……あ……律花……駄目ね、声、聞かせて……あげなきゃあ)
本当に、何でも無いのよ、って。
大した事じゃあないんだってば、そう言って、笑って。
それで、全部、無かった事にして。
彼女が――律花が、何も知らぬように。
それなのに。
「……ッ、ぐ……」
伸ばした手、その手の甲を蹴られ、踏み躙られた。
少女の靴がローファーだった為か、痛みは無い訳でこそないが、然程でもない。
それよりも、すぐ其処にある携帯電話に、手が届かない事の方に、叡は焦燥を覚えた。
律花に、言葉を届けられない事に。
(……駄目、あの子は優しいから心配する。退けて。退けてよ)
少女は何処か蠱惑的なまでに、愛らしいその表情を、醜く歪めて、地を這う男(あきら)を嘲笑う。
良く見れば少女は、その左手の薬指に、禍々しい紫の宝玉を宿した指輪を嵌めていた。其処から、黒い光が少女に纏わって、その力となっているように見える。
唯――今の叡にとっては、そのような事は些末な問題でしかなかった。
一途に、純粋に、愛故に、狂う、蛇姫の如く、思うのは、ひとつだけ。
「――その足を、退けろっつってんだ――!!」
叡の中で、何かが爆発した。
異形の少女が、ヤバい奴に目を付けてしまったと悟った時には遅すぎた。
この時叡が知り得なかった少女の目論見は、半分は成っていたのだろう。
けれど、それが自らの破滅と引き換えとは、思ってもみなかった筈であった。
叡から、白金の光が迸る。それは小さく細い一匹の白蛇へと姿を変えると、光輪と化して少女へと躍り掛かっていった――
●
「……もしもし? ごめんなさいね、急に黙りこくっちゃって。ちょっとね……変な連中に絡まれてー……何とか逃げてきたのよー……ほら、夜になるとそういう奴、多いから」
必死に自分に呼び掛けて来ていたらしい律花に対して、申し訳無さに思わず叡の表情から苦笑が零れた。
同時に、もう少し疲労を声に出さないように出来ないものかと自嘲する。稽古は厳しい。それでも積み重ねていく中で少しは耐えられるようになっている気がしていたが、まだまだという事かと、自分自身を胸中で嗤った。
「……大丈夫かって? 平気。こう見えたって、鍛えてるのよ? 流石にアンタの御父様程じゃあないけど……いっつもへとへとになるまで稽古、熟してるんだから」
それでも、律花の不安は晴れないようで。
ならばと、叡は少しだけ、彼女の好意に甘えてみる事にする。
「……あのさ、寮の門限とかって、大丈夫……? 今から会えない……? ちょっとさ、流石に疲れちゃって……直接アンタに会って、話がしたくて」
そうしないと、自分を手放してしまいそうだった。
自分を繋ぎ止める何かが、欲しかった。律花ならきっと、しがみついてでも自分を自分のまま居させてくれるという、確信めいた希望があった。それでいて、怖かった。それが最後の手段で、それも断たれれば、もうきっと望み等、無かったのだろうから。
「……明治神宮? 武蔵野からちょっと遠くない? ……そう。有難うね。じゃあ、先に行って、待ってるわ」
通話を終えて、叡は安堵の溜息を洩らした。
けれど彼はその時、不安をも覚えていた。
(……律花が来るまで、保つかしら。いいえ、移動中に、もう駄目になるかも知れない……)
気を強く持たなければいけない。それは判る。
今迄の稽古で鍛えた精神力で、乗り切って見せなければ。
そうは思っても、矢張り何かが自らの心を覆い、呑み込もうとしているような錯覚に、叡は内心、戦慄せざるを得なかった。
それでもやがて、考えていても仕方無いとかぶりを振って、歩き出す。
――彼はまだ知らない。
流れるように美しかった黒髪は、極限まで色を抜いたかのように白くなっていた事。
黄玉のように煌めいていた双眸は、鬼灯か或いは血のように真っ赤になっていた事。
想いの余り蛇と成った娘のように、白蛇のような形に変貌していた事――
*前編此処まで。
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